ウェッジ文庫は最近とみにいい本を出す。素白に続いて今度は
川上澄生『明治少年回顧』(743円)
が出た。昔から川上澄生の版画や文章はどうして懐かしさを誘ふのか不思議だつた。巻末に収められた永井龍男の文章に引かれた川上澄生自身の言葉で得心が行つた。この一文を入れた編輯部の判断に私は満腔の敬意を払ひたいと思ふ。「夕ごころ」といふ永井の名随筆集所収の一文はむかし私も読んだことがあつたが、ぼんやりしてゐたのだらう。こんなにいい解説になるとは。まさに編輯部の功績である。具眼といふ言葉はかういふときに使ふ。
永井龍男が引く川上澄生の言葉はかうだ。
「私の意識するエキゾティシズムは 西洋そのものではない 明治文化のちぐはぐにして安心できる 特異なる詩情にたいする郷愁である」
「ちぐはぐにして安心できる詩情」。まさに云ひ得て妙なるかな。明治生まれの父母をもつ私にはことのほかなつかしい書物となつた。お勧めの一本である。