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また私の点鬼簿に恩師のお名前を記さなければならない。後輩からメールが来て、四月四日に加藤民男先生が亡くなつたことをけふになつて知つた。加藤先生は一九七〇年、早稲田の一文に入つた私たちに最初にフランス語文法を教へてくださつた先生である。その教科書は平岡篤頼、加藤民男、井上登の三人の先生方が共著で著されたもので、加藤先生は後期途中で接続法大過去まで終へ、あまつた時間でボードレール「パリの憂鬱」からいくつか選んだものをプリントで配つてくださつた。私がいまなほ「異邦人」はむろん、「酔ひたまへ」その他幾篇かを暗誦できるのはこのときに覚えたからである。
二年になつて教養演習でもスタンダールについて詳しく教へて頂いた。三年になつて仏文に進んでからはスタンダール講読の授業を当然のやうに選択したのだが、そのときのテキストが「パルムの僧院」(もちろん原文)で、ファルネーゼ塔に幽閉されたファブリスが牢獄の窓から外に広がる自然と悠然と大空を飛ぶ鷹(鷲かもしれない)を見て陶然とする場面をフランス語で読んだときの精神的高揚感はいまもつて忘れることはできない。その後も加藤先生の研究室にはしばしばお邪魔をしてさまざまなお話をして頂いた。 修士課程に進んでプルーストで修士論文を書いたときに副査を担当してくださつたのも加藤先生だつた。主査、岩瀬孝先生、副査、弓削三男先生、加藤民男先生。拙き論文ではあつたけれど、岩瀬先生は「高遠にはâme littéraireがある」といふその後の私を支へ続けてゐるお言葉を下さり、加藤先生もとくに「引用」を扱つた第三章を「美しい」と褒めてくださつたのだ。このときの先生方のお言葉がなければ今の私はないだらう。学恩は海より深し。あの時代に早稲田の仏文科で学んだことを私はみづからの人生の大きな幸運の一つにかぞへたいと思ふ。 いま加藤民男先生の訃報に接し、先生の温顔と張りのあるお声をまざまざと思ひ出す。最後にお目にかかつたのは新庄先生を偲ぶ会だつただらうか。 これからの私のプルースト訳は、個人的にはいつもどこかで岩瀬先生や加藤先生への恩返しの色合ひをもつだらう。 加藤先生のご冥福をパリからはるかにお祈り申し上げたい。謹みて合掌するばかりである。
by romitak
| 2012-04-30 18:43
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